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量子コンピュータ 急激に発展した10年

量子コンピューティンググループ 藤井 啓祐 教授

2021-02-08

 量子コンピュータの存在を知ったのは2004年、大学3年生のときです。まだ世間では量子コンピュータという言葉自体が知られていませんでした。2011年に量子コンピュータの理論で博士号を取得したころは、名前こそ広まりつつありましたが、まだSF扱いする研究者も多かった時代で、当時、私自身アカデミックポストが無くて困ったぐらいです。
 それからわずか10年で、量子コンピュータを含む量子技術は、AI、バイオと並んで国が重点的に進める科学技術の3本柱の一つに位置付けられるまでになりました。科学技術でもすでに成熟した分野が多い中で、これだけ日々刻々と進展している領域は少ないでしょう。
 実現に悲観的な研究者も多かったのが、「量子コンピュータが形にできるかもしれない」と世界の流れが大きく変わったのは、Google が本格的に参入した2014年のことです。しかしそのころでも、わずか5年後の2019年に、量子コンピュータがスパコンと勝負できるようになるまで発展しているとは、想像していませんでした。
 私も代表研究者の1人である光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)など大きな国家プロジェクトが日本でも動き始めています。10年後には、もっと想像できないような未来が姿を見せてくれることを期待しています。

NISQ、不確実な今こそやる

interview02_image03.jpg 大規模な量子コンピュータ(誤り耐性量子コンピュータ)の実現には、まだ20年以上かかるかもしれません。今、世界中が日々競争しているのは、近未来的に実現するような小・中規模の量子コンピュータの技術(NISQ : Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)を、何らかの応用につなげようという研究です。
 NISQは、まだ小規模でノイズがあって完全に自由に使えるものではありませんが、スパコンでシミュレーションすることが難しいぐらいの性能を出せるデバイスになりつつあります。機械学習、物性物理、量子化学、金融計算など様々な分野で、応用の研究を進めています。
 NISQマシンで、従来のコンピュータを超えるキラーアプリケーションが誕生するか、まだわかりません。しかし、NISQに優位性があるとわかった瞬間に、爆発的に発展します。その時点で参入しても遅いのです。不確実な今こそ、基礎研究をしなければいけません。
 大規模な量子コンピューターはとても難しくて、とっつきにくい。でもNISQは、Amazon Web Service が提供するAmazon BraketやIBMが提供するクラウドシステムなどを使えば、インターネット経由で誰でも触れられるようになってきました。すごい時代になりました。量子コンピューターの入り口として、量子コンピューターそのものに興味はなくても、使ってみたいという他分野の研究者や企業にも参入しやすくなっています。

根源的な物理と応用を結びつけられる魅力

 私は、もともと物づくりをしたいという志向があって、大学は工学部に進みました。一方、量子力学というシンプルな物理法則も好きでした。そんな時に出会ったが量子コンピュータです。根源的な物理法則を応用して、物づくりにつなげる。これはまさに私の求めているものだなと惹かれて、以来ずっと研究を続けています。

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 京大白眉センター助教時代(2013〜2016年)に、量子コンピュータを機械学習に活かす理論を思いつきました。同じころ白眉センターでタコの足を使って「計算」する研究をしていた中嶋浩平氏(現・東京大学准教授)と、「なぜタコなのか」から始めて議論した成果です。
 人工の「タコ足」を水中で振って計算させる計算システムは、多自由度のタコ足を制御する複雑な式を、タコの足自身に計算、学習させようというものです。ではタコの足の代わりに量子力学の物理法則を使えばどうなるのかと発展させて、量子コンピュータを機械学習に用いる方法を論文にすることができました。
 これはNISQの機械学習への応用を探る世界の流れにかなり先行していました。そこが我々の強みです。この後にNISQデバイスを教師あり機械学習へと応用する量子回路学習を発表してすぐに、米国IBMのグループがその論文を引用して実験に成功するなど現在その引用数がトップ1%に入るなど、注目されている論文です。

量子研究に強い阪大

 2019年に教授として基礎工学部に着任しました。"基礎工"は、基礎科学と応用の間で、時代の最先端の科学技術を形にする学部ですから、量子技術の研究に適したところだと思います。もともと量子コンピュータに関連した研究者も多くおられます。私も白眉センターで研究する前は、黎明期から量子情報科学を研究されていた基礎工の井元信之教授の研究室で特別研究員として、2011年から2年間、研究させてもらいました。そこで自由に研究させてもらい業績を生み出すことができて、それから徐々にキャリアが切り開かれました。
大阪大学には先導的学際研究機構量子情報・量子生命研究部門(QIQB)もあり、多彩な領域の研究者がいます。量子コンピュータを勉強したい学生が、研究室を選ぼうと思っても、まだ各大学に一つあるという状況ではないですが、大阪大学は理論から実験、応用領域まで国内でもトップクラスの研究者が、数多くいるという恵まれた環境です。
 でも、まだ人は不足しています。大学での人材育成は時間がかかる。量子コンピュータを使いこなすプロフェッショナルを揃えたベンチャー企業も立ち上げました。大学と幅広い業種の企業との共同研究も進めています。共同研究で、企業は量子コンピュータを将来社内で担う人を育てられる、我々は世界と競争する研究の担い手や資金を得ることができる。ウィンウィンの関係で、社会実装の土台を築いていくことをねらっています。

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藤井研究室ホームページ

大阪大学 先導的学際研究機構 量子情報・量子生命研究センター

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